仕事の質と音楽の質
2007.03.26 Monday 05:10
キャニオン
この話を続けるにあたって、小寺氏がムービーがビデオを捨てる日というコラムでこう書いているのを見つけたので紹介します。
大人数が協力して作るコンテンツは、一つの作品に対していろいろなキャリアや立場を持つ人たち――すなわち撮影、照明、音声、大道具、小道具、ヘアメイク、衣装、編集、音効ら――が、己の能力を発揮することで影響を与えていく。つまりはそれが、大人数で制作することで起こる「魔法」なのだ。この魔法が上手く働いたものは、制作者の意図や予想を超えたものが出来上がる。
1人で作っていくものは、常に等身大の自分を超えられない。それを超えたければ、自分自身の成長を待たなければならない。だがその成長は、自分1人ではなし得ない。個人投稿というムーブメントは、そういうループに陥りやすい構造を持っている。それは映像文化にとって、必ずしも良いことばかりはもたらさないということである。
実は音楽においても同じでしょう。自分が出来ない楽器を打ち込みでトラックを作ったからといったって、それは打ち込みをした人の才能以上のモノは絶対に出来ないのであって、独りよがりに終わりやすいのです。出来ればアレンジャーと演奏者は別の人の方が良いのでしょう。(同じドラムスであっても、実力のある人は様々な音を出しますし、ピアノだって、他の楽器だって、そういう弾き方があるの?という意外な音の並べ方をする人は多数います)出来る限り個性を持ち合わせた優秀な奏者のセッションによって、「魔法を掛けたように作品が変わる」ことは、多くの制作協力者を仰いだ映像制作と似ていますね。
いや、実際の職場における仕事だって、上手いことアイディアを出し合えば、自分の想定していたことより大きなことが出来るかもしれないという、もっと一般的な事象に行き着くのですが、人を減らして低コストが流行るこの時勢、大きな仕事はやはり出来ないのかもしれません。
大きな仕事を成し遂げるのには、凡人にはインセンティブが必要なわけで、結局のところ必要なのはお金、というのは事実でしょう。けれども、今の経費構成でメディア露出のための広告宣伝費の異常な大きさを考えると、そのお金の一部を制作費にまわすだけでも大分違うのではなかろうかとも考えられます。
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